相続トラブルイメージ

病床の母が残した遺言

私の母はあまり長生きできない人でした。
余命宣告を受けていた母にとっては、自分の子供達が自分の死後にもめることは心配だったことでしょう。
よく私と二人で病室にいる時に、「家はお兄ちゃんだよ。あんたは黙って判をつきなさい。」と言われました。
私はそう聞くたびに「わかってるよ。」と答えたものです。
文面にはしていなくとも、しっかりと母の言いたいことは受け取っていました。
また、母も文面にしなくとも私が約束を破らないことはわかっていたと思います。
言われるまでもなく、家は兄がもらい嫁いだ女の子は何も貰わないというのが私のもっている感覚でしたから、母の心配は無用なことでしたが、「わかってるよ。」と一言いうだけで母が安心するのだから、私は何度でも言っておりました。
悲しいことに、世の中では親が亡くなったとたんに家は自分がもらうだの、売って御金を何等分しろだのと揉めることが多々あるのは事実で、自分の子供らはそうならないで欲しいと心配だったんでしょうね。
親は最後まで子供の心配をしますが、子供にしてみるとそんなこと考えずに心配せずに長く生きてもらう方がありがたいのです。
どんなに喧嘩してもいなくなるとすごく寂しいですし、喧嘩したこともずっと後悔が続きます。
親は遺言を残す時、どんな気持ちなんでしょう。
病院の診察で、医者からもう治らない助からないということを告げられた時に、「遺言を残しておかないと」と口にしたのを覚えていますが、そのくらい子供がいると遺言が大事なんでしょうか。
後にわかったことですが、父にまである遺言を伝えていたようです。
あれは娘に、あれは息子にといった具合にいろいろと自分が遺すものの分け方まで細かく考えていたようです。
子供らはそれぞれ自分らでなんとか暮らしていけるから、そんなに心配しなくてもいいよと言ってあげたかったな〜と今にして思います。
若いうちにはわからないことも、だんだんとその当時の母の年齢に近づいていくとわかるようになるのでしょう。
法的な文面に遺すということは考えていなかった母は、自分の遺した言葉で家族全員がそれに従うことをよく理解していたのです。
法的証書を作成する為に弁護士とかが登場しないだけでも、母は気が楽だったかもしれません。
母が生きている間に発した言葉は、家族全員が自分の耳に刻み、これ以上ない遺言になったことは間違いありません。
何も心配しないで静かに眠ってほしいと願っています。

Copyright(C) 2010 ゆいごん.com All Rights Reserved.