相続トラブルイメージ

母の遺言に涙しました

母は性格も豪快な明るい、友達も多くみんなから好かれていました。
私は母の娘なのに、性格は逆で人から嫌われるのが怖くてうまく話せず、人見知りで友達も少ない大人しい子供でした。
イジメにあったことも何度もあります。
そんな時母は、学校にすぐ乗り込んできて、「家の娘が悪いなら謝るけど、何もしていないのにいじめるのは何故」と先生と、時にはいじめた子にも詰め寄っていました。
そんな私にとって母は憧れと妬みが入り混じった感情を持ちながら成長していきました。
私は高校卒業してから就職しました。
家から通える会社なので、家には住み続ける事にしましたが、母からは「もうあんたは働いて給料をもらう。一人暮らしをしたらお金がかかるんだから、給料の半分は出しなさい」と言われ、母に逆らうことをしないというか、すると倍になって返ってくる事を知ってる私は素直に母の言うことに従いました。
しかしお金があると今まで出来なかった、オシャレや趣味も増えて給料を半分出すのが大変なくらいお金を使う様になりました。
しかし母に半分は辛いと言っても、「それなら一人暮らししなさい」と言われてしまいます。
そんな時、私は同じ会社の人と付き合う様になりました。
その人は一人暮らしをしていたので、家にいて母にぐちぐち言われることに疲れていた私はすぐに彼の家にいる様になり、家には荷物を取りに戻るぐらいになっていました。
久しぶりに実家に戻って見ると妙に静かな事に気づきました。
母が布団で寝ていました。
昼寝だろうと、そっと荷物を取って戻ろうとしましたが、母が起きてしまいました。
母からは怒鳴られるだろうと覚悟していましたが、「今は幸せかい。結婚は考えているの」と力ない声で言われ、何かあったのか母に聞いてみると「更年期障害よ。気にしないで」と今までの母からは想像も出来ない元気のなさでした。
でもその時、私はまた彼のところへ帰りました。
そうして一ヶ月後、実家から電話があり母が意識不明だから、すぐに病院に来る様にと言われました。
その時、父から聞かされたのは、母は癌でもう末期状態だった事。
私には知らせるなと言われていたから、知らせなかった。
なぜそんな大切な事を教えてくれなかったのか。
なぜ病気の治療をしないで家にいたのか。
聞きたいことは山程ありましたが、一番は何故母は私に知らせてくれなかったのか。
母とは性格的に合わなかったけれど、母親としての愛情は感じていたのに。
その時の母はなんとか持ち直しましたが、いつ容体が変わるかわからない状態でした。
私は仕事を休養して母の面倒を看ました。
そんな時、母の意識が戻り私を見つけてポツリと言いました。
「私はもう何をしても助からない。だったら大好きな家で死にたかった」と言われました。
それから「私が死んだら、私の部屋のタンスを見なさい」と。
その後母は容体が急変して亡くなりました。
最後の言葉は私と話した言葉が最後になりました。
葬儀も終わり、ふと母の言葉を思い出してタンスを調べてみると、私の名前の預金通帳と手紙が入っていました。
それには母も昔は私のような性格だった事。
だから私を見ていてもどかしい気持ちがあった。
後は母はお金で大変苦労した経験があったから、あなたにも同じ思いをさせたくない。
このお金はあなたが就職してから入れたお金だから、何かあったら使いなさい。
と書かれていました。
通帳に入っていた金額は私が家に入れていたお金よりも大変多く入っていました。
私は母に逆らって家を出た親不孝な娘であったにも関わらず、母は生きていた頃から私のことをきちんと考えてくれていた。
自分の死期が近づいても、私の為に遺言まで残していってくれた。
やっぱり私は母にはかないません。
ここまで愛情を残してくれた。
母に何か言ったら倍になって、返って来ることが当たり前でしたが、最後の最後は何万倍にもの愛情で返ってきました。

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